など他多数
家族と過ごしたり、最新の治療技術を経営を学ぶためにセミナーや研修会に参加しています。
こんにちは。大津クオーレ歯科クリニック 理事長の田中 義大(たなか よしひろ)です。ここで私の生い立ちなど紹介いたします。
小学生時代
私は、地元の雄琴小学校に通っていました。小学校時代は、スポ少のサッカー部に所属していて、けっこう活発なほうだったと思います。練習が結構ハードで、遠征などにもよく行っていました。監督によく怒られていた記憶があります。サッカーを頑張っていた半面、小学生のころは喘息持ち(今は全く大丈夫です!)で結構病院に行くことも多かったです。
中学生時代
そのまま、地元の日吉中学校に行きました。日吉中でもサッカー部でサッカーを3年間続けていました。勉学のほうは、なぜか中学生になると急に勉強することに目覚め、テストは、クラスでも上位3人とかに入っていた記憶があります。 そして、ここで、はじめて人生の挫折を味わいます。
それは、高校受験の失敗です。第1希望の高校には受からず、すべり止めで受かっていた比叡山高校へと進学することになりました。そして、ここから私の暗黒時代の到来です(笑)・・・・・・・
高校生時代
中学校の時の勉強の貯金で、最初は特進クラスにいることができました。しかし、中学時代の反動か、まったく勉強はしなくなりました。授業はほぼ聞いてなく、寝ていました(笑)。もちろんみるみるうちに成績は下がっていきました。高校でもサッカーは続けましたが、そちらもパッとせず。友達などの影響もあり、音楽やギター、プロレスや格闘技にハマっていきました。CDを買いあさり、ギターを練習して、地元にプロレスが来たらよく見に行っていました。このころは、大晦日によく格闘技番組をやっていましたが、それも見に行ったりしていました。
そんなこんなで、3年間は過ぎ、このころは歯医者になる事なども全く考えておらず、とりあえず理系にいたので、関西や関東の理系の大学受験をしましたが、こんな状態でどこも受かる訳はなく、全滅でした。。。。。
浪人生時代
私は、途方にくれました。これからどうしていこうかと思い、いろいろ考えました。
私は、結構小さいころから、手先は器用なほうで、細かい作業をなどするのが好きでした。現役の時は、ただ漠然と理系の大学を受けましたが、このころから手先を使う仕事がしたいなと思うようになりました。
いろいろな職業を調べた結果、美容師か歯医者になりたいと思うようになりました。私自身、小さいころ矯正をしていて歯医者さんにお世話になっていましたし、親の勧めもあり、歯医者になる事を決め、勉強を始めました。身内などには、全く医療関係者はおらず、自分みたいのが本当に歯医者なんかになれるのかとずっと半信半疑でした。
しかし、受験の結果、無事に合格することができ、北海道医療大学歯学部に行くことになりました。
大学生時代
北海道医療大学は、名前の通り北海道の当別町というすごい田舎にある大学です。もちろん北海道ですので、冬は、雪がすごく膝上ぐらいまで積もりますし、生活に慣れるのに大変でした。その反面、海鮮物やジンギスカン、ラーメンなど北海道には、おいしいものがたくさんあります。ただ、私、海鮮物が苦手です・・(よく、なんで北海道行ったんと言われます。そりゃそうですよね(笑))北海道では、有名ですがスープカレーにハマりこのころよく食べていました。
スポーツは、ここまできたらまたサッカーをするかと思いきや、結構方向転換し、格闘技やプロレス好きだったこともありラグビー部に入りました。バリバリの体育会系です。しかも完全な初心者から始めたので、ある程度練習になれるのに、苦労しました。しかし、サッカーをやっていたことをかわれ、コンバージョンキック(トライした後、ボールを2本のポールの間目掛けてけるやつです。五郎丸選手が、蹴っていて有名になったやつです。)は任されていました。足も結構速かったので、ウイングでそこそこトライをとったりしていました。
そして勉強のほうはというと、今度は逆に高校の時の反動か、またまた成績優秀になり、再試などもほとんど受けた記憶がありませんでした。学年でも10位以内にはいたと思います。
しかし、ここで人生2つ目の挫折に会います。それは、6年間頑張って勉強したのに国家試験に落ちてしまいました・・・・・・・本当に受験に弱い、本番に弱いとつくづく思いました。その頃は、落ちたことが奇跡と言われるぐらいでした。しかし、そこは気を取り直しもう1年勉強し、次の年には無事に国家試験に合格し、晴れて歯医者の仲間入りとなりました。
勤務医時代
国家試験合格後は、愛知で研修医時代を送り、その後、地元に戻ってきて、大きな医療法人で勤務しました。ここで、歯科医師の基礎となる部分をしっかり叩き込んでもらえました。先輩後輩にも恵まれ、分院長の経験などもさせていただき本当に感謝でいっぱいです。